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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

思考に質量はあるんじゃないかと思っている

■雑記・コラム
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こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

 

今日はちょっとオチのない仮説レベルのお話しを。

 

昔から思っていたことなのですが、

「思考には質量があるのではないか」

ということを考えています。

 

 

どういうことかをお話しさせて下さい。

 

 

 思考していることに価値や重みがあるかって話?

 

そうそう、ペラペラな薄っぺらい思考で終わってませんか?

思考の結果生み出したものに重み、価値はありますか?

 

・・・

 

という類の暑苦しい話ではないです。

 

僕自身ブログでは、強い言葉も使ったりしてるかもしれませんが、

言っていることは薄っぺらいですからね。

 

質量があるっていうのはそういう話ではなく・・・

 

 

思考中って頭が重くなりませんか

 

そうなんです。

思考した「結果」に質量があるという話ではないです。

 

思考中の話なんです。

 

僕は、デスクに向かって考えたり、散歩中に閃く、

というよりも

寝ようと思って布団に入ってから考え事をするタイプです。

 

いや、望んでそうしているというよりは、

考えてしまうという方が正しいのですが、

その結果、思考がブン回って寝られなくなったりするので困ったものです。

 

この、布団で仰向けになりながら考えてしまうタイプの人なら分かってもらえる。

 

そんな気がしているのですが、

 

「すごく頭が重いというか、力が入って枕にめり込む頭が痛い」

 

みたいな感覚ってないでしょうか?

そう、物理的に。

 

 

思考には質量がある

 

 

 

あれ?ダメですか?共感する部分なし?

 

 

うーん、僕はこれ「思考中の頭は質量が増している」んだと解釈したんですが、

実際はなんか首とか肩に力が入って頭を枕に押し付けているだけなのかもしれないですね。

 

「気が重い」とかは昔からある言葉ですけど、

「頭が重い」っていうのはあんまり聞かない気もしますしね。

 

 

そうなんです。

この話にオチはないんです。

 

まさに「だから何?」って話なんですが、

それでも僕は言い続けます、「思考に質量、あると思います!」

 

 

ではでは。