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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

恐怖は二次的なもの、本当に行動を止めさせるのは「矛盾」

■憂鬱 ■雑記・コラム
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こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

 

2015年も残すところあとわずか。

激務でなければゆっくり時間が流れるかと思いきや実に早い1年でした。

 

そしてなんだかんだと、今年は「休息」に焦点を当てた年になりました。

 

ストレス太りで不健康だった体も8kgほど軽くなりましたし、

色々と失っていた感情や感覚を取り戻したり、

得るものもありました。

 

でも、思ったよりも行動や実践出来なかったな、という部分もあったりします。

その正体が解って来たので、ちょっと書いてみたいと思います。

 

 

行動出来なかったこと

 

せっかく無職になったのだから何かぶっ飛んだことをしたい気持ちもありました。 

 

例えば・・・

長編漫画を描こうと思っていたり、

クラウドソーシングで仕事を受注しようとしたり、

なんか世界一周するとか、どこかに住み込むとか、弟子入りするとか

何かのコミュニティに参加するとか、何かを立ち上げるとか・・・

 

 

・・・

 

 

無理でしたね、ええ。全部いっぺんにやろうとするのは。

(なんだ、ただの口先だけの駄目人間じゃあないか・・・)

 

確かに、もともと瞬発力とか行動力はそんなにある方ではありませんが、

ごくまれになんか火がついて勢いでやれるときもあるんですけどね。

人生で2,3回ぐらいしかない。

 

・・・いやいや、出来た事もいくつかちゃんとあるので

自分なりに満足はしているんですよ?

(このブログの継続、とかね)

 

 

動けないのは、怖いから?

 

確かに石橋をたたいて渡りたい性格ではあるし、損をしたくない。

どこなら勝てるのか、負けないのか、損をしないのか、全力投球する価値があるのか、

そんな打算的なことばかり考えています。

 

これはひとえに「失敗することへの恐怖」の現れとも言えそうです。

 

怖くて実行できない、行動出来ない、

なんてなんて使い古されたダメ人間のテンプレートでしょうか・・・!

 

 

そして僕の場合は、もうひとつ同時に、

選ばなかった方の選択肢を失うことが怖かったりもします。

選択ミスへの恐怖ですよね。

 

僕は、案外に強欲なところもあって、全部が欲しい。

全部手に入れたい。

 

全部欲しい。手に入れたい。

でも全部を同時に手に入れることは出来ないし、

そのどれも一朝一夕には手に入らない。

 

だからどこから手を付けていいか分からない。

あれも欲しいしこれも欲しいので、結果的にどれも選べない。

というなんともしょうもない結果に。

 

決断力や覚悟がないせいとも言えそうな感じですね。

 

 

本当に人の足を止めるのは矛盾

 

怖くて決められないなんていうのは、長年自覚している問題でした。

 

でも最近分かってきたような気がすることがあります。

 

それは・・・

 

タイトルの通り「人の行動や決断を妨げるのは矛盾」だということです。

 

例えば、

僕は自分の意志や情熱は特にないなんてこともよく言っていますが、

と思えば前述のように全部欲しい強欲であるなんてことも言います。

これって相反するような気がしますよね。

 

そして、のんびりしたいのにずっと同じ場所なのも飽きてしまいます。

でもずっと動き回っていると疲れてしまう。

熱血ヒーローのような熱いセリフや展開は大好きですが、

実際には何事にも無関心で非常にドライな人間ですし合理的なことも好みます。

でも徹底的に合理的な人に対してはイライラもしますし、

無駄の中にも新しい発見や出会いがあるとも思っています。

バリバリ活躍したい気持ちや野心もありますが、

ワーキングメモリが少ないのですぐに混乱しますし、整理や計画が出来ません。

 

 

書いていてもよく意味が分かりませんね。

読んで下さっている方も混乱しているかもしれません。

でも、僕はそういうヤツなんです。

 

僕は、あまり決めつけたり一方的な見方をしないようにしているので、

あらゆる物事の良い面も悪い面も一応は知ろうとします。

(冒頭の、選ぶときに損したくないから来てるかも・・・)

その結果、あれはここが良いけど、ここが悪い。

代わりにこっちだとアレは良いけど、逆にこれが悪いしなぁ・・・

となって決められない。

 

迷いがあるかないか

 

なんかこう、どの方向にも全力で走れないんですよね。

ほとんどスタート地点から動かずに右往左往してような感じ。

右往左往

 

結果的に何も手に入らないというしょうもない結末になりますね、ええ。

 

 

そういうモヤモヤはずっとあったのですが、

最近はそれを裏付けるようなお話も出てきました。

 

 

蛇と土

 

占いに詳しい方に僕の運勢について聞く機会がありました。

「四柱推命」を中心に見て頂いたのですが、

素人理解でざっくりと僕の結果をまとめると次のようなものでした。

 

僕には、十二支で言うところの「蛇」的な属性が強く出ているそうです。

これは、我が強かったりする力強い感じの属性です。

確かに、成功欲というかビッグになりたいみたいな思いは昔からあります。

人にとやかく言われるのも煩わしく思っていまうタイプです。

 

しかし一方で五行的には「土」の属性を強くもっており、

これは、地に根を下ろした安定的な属性となります。

 

そうバリバリ活躍したい思い通りにしたい蛇の人であるのに、

その場からじっとして動かない土の属性を持ってしまっているんですね。

 

バリバリやりたいのに動けない。

じゃあジッとしていればいいのにそれも物足りない。

 

意識の高い人からすれば、そんなのたまたまだし、ただの言い訳!

と思われるかもしれませんが、これがなかなか侮れない。

 

僕は、合理的に考えたいリアリストでもあるので、

別に占いを盲信しようという気持ちは全くありません。

 

でも論理的に自己分析して感じていたことと同じようなことを

占いの面からもそうだと言ってくれたりするので、

僕としては太鼓判を押されたような感じです。

 

うーん、太鼓判を押されてもらっても困ってしまうんですけどね。。。

 

 

ダブルバインドの話

 

そうそう、占いの見地からでなくとも、

心理学にもこういった話があるようですね。

 

 

平たくいうと、「さっきと言ってる事違うじゃん!」みたいな

相反する支持を貰ったら人は動けなくなるというものですね。

 

こういう状況、痛いほどよく分かります。

 

この例のように、他人から矛盾をもたらされなくても、

自分の内面に矛盾があるともありますしね。

 

矛盾については神ですらも棚上げにするしかない

 

さらにこんな話もありました。

 

ちょっとアニメネタになってしまうのですが、

「コンクリートレボルティオ」という作品が2015の秋期から放送されていました。

 

(公式サイト)

http://concreterevolutio.com/

 

その中で、タイムトラベルを扱った話(第10話)があり、

「過去を変えることによる影響、タイムパラドックスについて」

こんなことを言っていました。

 

回答不能な矛盾を抱えた時、世界はそれを放置する

 

過去に言って自分や親を殺してしまった場合にどうなるか、

なんていうのはタイムトラベルものでは語り尽くされたテーマであり、

殺した側の自分(未来から来た)も消滅するように描かれるのが普通です。

 

このアニメではそのような場合、

「矛盾が生じてどうしたらよいか分からないから、放置してそのままにする」

つまり「未来の自分は死なない」という理論を展開したのです。

 

斬新ですね、僕の少ない知識の中では始めて見た考え方でした。

 

でも、これって「人間の頭の中で起こっていることと全く同じだ!」

と思って強く共感したんです、僕は。

 

「やりたくないけどやらなきゃいけない」とか「どちらも選べない」

なんていう矛盾に出会ったときに人が取る行動は「何もしない」ことです。

これはどんなに強い人でも矛盾に陥ってしまったら必ずそうなります。

 

強くてそんな場面には出会ったことがない、という人でも、

それはその人にとってはまだ矛盾とは呼べない状況だというだけの話だと思います。

矛盾に陥るかどうかは訓練や経験で判断力や優先度の見極め力を高めれば軽減出来る

かもしれませんが、その人のキャパを超えた矛盾に陥った場合は必ず足が止まってしまうでしょう。

 

放置する、先送りする、棚上げする、逃げる、呆然と何も考えられない。

ということが起きるようになる。

 

 

では、どうすれば良いのか

 

すべての特性が同じ方向を向いていれば明らかに行動出来るハズです。

その点は有利ですよね。

迷いがない

「俺はこういうタイプだ!」とハッキリ言えるタイプで

その方向に全力で振り向けられる。

 

ところが、特性の振り分け次第では

例えば「独りでいたいのに寂しがり屋」みたいな人もいるわけです。

こういう人は、どうしたら良いのか分からなくなりますよね。

人といる方向にいけばいいのか、人のいない方向に行けばいいのか。

矛盾によって、覚悟が定まらない、本気になれない。

 

まぁ、我ながら甘ったれたことを言っていますが、

人は割り切れるものではないのもまた事実です。

 

そんな矛盾のある様態だからこそ失敗が怖くなるんじゃないかな、

と最近は思います。

心と身体と特性の方向が一致していれば、きっと失敗は怖くない。

失敗しても糧にできる。

 

なかなか難しい問題ですね。

 

僕は、この問題に対する解決策は見いだせていませんが、

2つだけそれっぽいことを言うとすれば、

 

1.もうちょっと因数分解をして正体を掴む

 

先ほどの「一人でいたいけど寂しがり屋」の例で言えば、

 

一人でいたいのは何故なのか?

そういうところが複数でいるとツライのか?

寂しいのはどういう部分に対してなのか?

 

みたいなことをもっと掘り下げて考えてみると良いんだと思います。

 

何故ならば、真の原因によっては矛盾しないかもしれないから、です。

「~タイプと一緒にいるのが苦しいから」という話であれば、

自分の居心地の良いタイプの人の集団になら実は居られるかもしれませんしね。

 

 

2.「バランス」という都合の良い言葉で折り合いをつける

 

そして、最終兵器はこれです。

僕自身何度もバランスという言葉は多様しています。

 

僕は人見知りですが、一人で生きていける人はいないですし、

一人が過ぎると流石に寂しいので「1人8割:他人2割」ぐらいでいいんですよ。

(普通の人は、多分逆の比率の人の方が多そうですね)

 

矛盾に対しては、自分に心地の良いバランスを決めて、

その間をうまく行ったり来たり行き来できれば生きやすくなるんじゃないかと考えています。

 

状況に応じてバランスを行ったり来たりするなんていうのはなかなか難しい世の中ではありますが、

どういうバランスが自分にとってベストなのか

どういう暮らしをすればそのバランスが取れるのか

これのバランスを一生をかけてでも追いかけていくのが人生なのかな、

と思ったりもしています。

 

www.coyapuyo.com

 

 

最後に

 

うーん、結局、

矛盾で人が動かなくなるというある意味当たり前のことしか言ってませんね。

まぁでも、気付いていなかったという人もいるかもしれないので・・・。

 

正直解決策にもなっていないし、甘えだと言われてしまえばそれまでですが、

もしそれが特性レベルにまで根本的なことで根が深い場合はなかなか難しいですしね。

やるとすれば、

特性そのものを無理に変えようとせず解釈や折り合いの付け方を工夫する

といった方向の動力の方が建設的になりそうな気がします。

 

また、「バランス」とか言っていると、

「考えることを放棄していて意見がない」という指摘を受ける側面もあります。

これも、

考える能力があるのにやっていない(考えてすらない)場合はその通りですが、

もしも本人の中で矛盾が生じている場合はなかなかどちらとも言い難いですよね。

それに、議論・協議とは正義と悪、良し悪しを決めることではなく、

相反することの妥協点落とし所を探ることでもあるので、

これこそ「バランス」であるとも言えるんじゃないかと思います。

 

 

 

とか何とか言ってる間に、気がつけば長文駄文になってしまいました。

今回はこのぐらいにしておきます。

 

ほんの一部のエッセンスでも誰かのお役に立ったのなら幸いです。

 

 

ではでは。