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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

人生をやり直したいという考え方について

■雑記・コラム
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こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

 

「もう一度人生のあの時点に戻ってやり直せたら・・・!」

なんてなことを

皆さん一度は考えたことがあるんじゃないでしょうか?

 

歴史にIfはないと言いますし、

自分の人生にだってもちろんIfはない訳ですが、

誰しもどこかに後悔はあるかもしれませんし、

やり直したいと思ってしまうのも無理はありません。

 

 

 と、ここまで書いておいて何ですが・・・

ひとつお伝えしないといけないことがあります。

 

それは・・・

 

「私、こやぷよは、やり直したいと思ったことがほとんどありません。」

 

そうなんです。

僕はリア充の世界には目がくらんでしまうような人間ですし、

それこそ日陰の世界を歩いてきたような人生ではありました。

でも不思議なことに、「やり直したい」と思ったことはなかったんですよね。

 

芸術工科大学に行きたいとぼんやり思っていた

 

折しも執筆時点の季節はセンター試験真っ只中です。

立派な大人の方々もこの時期にニュースを見れば

自分の選択を懐かしんだりするんじゃあないでしょうか。

 

大学に進学をする人が多数を占めるようになってから今日まで

センター試験、大学選択がそれぐらい大きな分岐になっていたんだと思います。

(今後は大学の意義も含めてまた状況が変わってきそうな気配ですが)

 

僕は「やり直したいことはほとんどない」と書きましたが、

「ほとんど」の部分を唯一挙げるとしたら、この大学選択になります。

芸術工科大学にちょっと行きたかったのに、覚悟と成績が及ばず、

当時の成績で手堅く入れる情報系の大学に妥協して進学してしまいました。

 

ここで芸術に進んでいれば、

今、違う世界が見えていたかもしれないなとは思うんですよね。

 

特に、自己分析を繰り返した今になって、そう思ったりもします。

 

www.coyapuyo.com

 

 

 

僕が、それほどやり直したい訳ではない理由

大学選択以外でも、

「あのときこうしておけば良かったな」と思うことはたくさんあります。

でもやはり、それほど強くやり直したいとは思っていない自分がいます。

 

もしかするとこれを読んでいる方の中には

過去の選択に囚われて苦しんでいる人がいらっしゃるかもしれません。

僕の考え方が参考になるか分かりませんが、

もしかすると何か感じてもらえることがあるかもしれないので、

ここからは僕がやり直したいと思わない理由について書いてみたいと思います。

 

まずはこれ。

 

1.またやり直すのは面倒なんじゃないだろうか

 

正直、例えば今小学校からやり直すことなったらゲンナリします。

これを言ってしまうともともこうもないのですが、

また、あれやこれやを最初からやらないといけないのか・・・

と思ってしまうというのが正直なところ。

良いところまで鍛えたRPGでセーブデータが消えるような感覚です。

 

そして、うっすら思うのは、

例え未来の記憶をもって過去に行けたとしても、

その人がその人である限りはまた同じような選択に引き寄せられるのではないか、

と思っていたりもします。

結局その人の根底にある性格特性・選択基準ではまたそれを選んでしまいそうな気がします。

 

某アトラクタフィールド理論に近いですけど、

僕が思うには世界がどうこうより「自分が」それを選んでしまって収束する気がします。

 

 

2.当時の自分や状況なりのベストな選択をしたつもり

 

そして大きいのは、これです。

僕は結構冷静で客観的な人間のつもりです。ドライでクールとも言いますね。

突発的に感情的になる、というのはあまりありません。

 

どんなに、良さそうなことでも必ずデメリットも考えて比較検討します。

(ありもしない完璧を求めて判断に時間がかかるタイプとも言いますね。)

 

そして十分にデメリットも理解した上で選択しているので、

仮にそのデメリットに当たっても「なるほど、やっぱりね」となる訳です。

 

仮に決めきれずに何も考えないときや直観的なときでも、発作的には決めません。

 

今は決めきれないからこちらを適当に選ぼう、とか、

何も選ばないことを選ぼう、とか

今回は直観を信じることにしよう、とか、

 

何も考えていないように見えるときでも、

今は考えられないから考えないことにしよう、と選択しています。

 

つまり、自分が選ぶ選択に対して徹底的に反論もぶつけた上で

本人が納得した上で進んできているので、

その結果の現状がこうなっていたとしても仕方がない、という感覚なんですね。

 

例えば、ダラダラ寝ているだけでは大変なことになる、と分かっていながら、

そのときはそれがしたい、ありういはそうするしかないと思って

それを選んでいる訳なのであとから後悔することはありません。

 

その代わり決定するは時間がかかってしまいますね、遅いです。

行動力や瞬発力はありません、その代わり後悔することは少ないです。

 

 

3.過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ

 

そして決定的なのはコレです。

「過去と他人は変えられない、変えられるのは未来と自分だけ」

よく名言的な感じで言われるフレーズですよね。

 

まったくその通りだなと思います。

変えられないものを変えようとするから無理や矛盾が生じて、

その結果、変調をきたしてしまったりするんだと思うんですよね。

言ってしまえば、過去や他人を変えようとするのは

労力と精神力の無駄がとても大きいと思います。

誰の問題か切り分けて考えればだいぶ楽になるハズです。

 

このあたりの考え方はこの本がとても参考になります。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

 

さらに、僕は「変えられるのは未来と自分だけ」をもう少しブラッシュアップすると

「変えられるのは今と自分の行動だけ」

と言えるんじゃないかと思っています。

 

もはや変化が激しすぎて未来を読むことは難しいです。

未来のことを心配しすぎたりたくらみ過ぎるのもあまり意味がないでしょう。

今を大事にするというと「刹那的で退廃的だ」なんて思うかもしれませんが、

時代背景的には刹那的な方が優位な時代に来ていると感じます。

その瞬間に合わせて柔軟に対応できる能力が求められているし、

今を楽しんでいないのに未来が楽しくなるハズもない、

というような考え方の方が僕にはしっくりきます。

 

また、他人をコントロールするのが不可能なのはもちろんですが、

自分についても染みついた性格を変えることは難しいと思っています。

変えられるとしたら自分の中でも行動だけだと思っています。

すんごい難しいですけどね。

 


 人生をやり直せると言われたらやり直しますか?

 

といったような大きく3つの理由から、

僕は人生をやり直そうとは思わないんですよね。

(期間限定お試しで、とかいう仕組みだったら、

 当時自分がどう思っていたのか、環境はどうだったのか知りたい

 という興味・分析の意味においてやってみたいですけどね)

 

もちろん、本当に不幸な環境や選択をした人からすれば、

ひょっとすると僕はまだ恵まれていて、だからこんな風に言えるのかもしれません。

しかし、程度の問題は別にしても、

「過去は変えられない」が紛れもない事実だとするならば、

それならば、やはり上記のような考え方をしていた方が得であり、

建設的なんじゃないかな、と思う訳です。

 

そして最後にもうひとつ、僕はこうも思っています。

「過去のどんな経験も今の自分を作っている要素であり、

 過去を無かったことにしてはいけない」

 

どんな経験たちも、それぞれの点が後で線になって繋がるときが来るような

そんな気がしています。

一見無駄に見えたり辛かったことも、ああ無駄じゃなかったんだな、

と思えるときが来る、きっと来る。

 

 

さあ、アナタは人生をやり直したいと思いますか?

 

ではでは。