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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

皆、「おやじ越え」ってしているのかい?

■雑記・コラム
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こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

今日はポエミーな感じで行きますね。

 

おやじ越え

気が付けば2月になっている。

またひとつ、歳を取ることになる。

またひとつ、人生の残り時間が短くなった。

 

1年前の今頃は、サーバーサイドのバッチ処理を組んでいた。

あの案件の第2段階もそろそろ終わる予定の頃合いだけれど、

皆無事に生き残っているだろうか。

最も、社外秘の外である今となっては知る由もなくなってしまったけれど・・・。

 

 

僕はおやじを超えられるだろうか

 

話は変って、親父の話をしようと思う。

 

僕の親父はそんなに優秀な方ではなくて、

職につかない時期も多かったし優柔不断でトロい優男だったようだ。

 

まあ、そうだろう、鏡で自分を見ればそれは良く分かる。

まったくもって血は争えないという話だ。

 

なぜ「だろう」などど断定口調ではないのかと言えば、

ウチの親父はすでに遠くに行ってしまっているからだ。

 

小さい頃の話なので、「いない」のは特段不思議な話ではなく、

ごくごく当たり前の事として育ってきて気にとめたこともあまりない。

 

けれど、今年の誕生日はちょっとだけ違うらしかった。

「自分の今の歳が親父の最後に並ぶ」という意味において。

 

おやじ越えと言えば世の中ではそれなりに大変なもので、

身長を追い越したとか、

初めて腕相撲で勝ったとか、

初めて親父の年収を超えたとか、

親父が衰えを見せるようになってきたとか、

そいういった節目に感じることになるものだろう。

 

けれど、僕の場合、相手は走り続けてはいない。

ある意味では追いつくのはとても簡単だった。

僕にとってのおやじ越えとは「その日」になるだろう。

 

 

とりあえず、誕生日が来れば親父に肩を並べる。

 

 

その後、

追い抜くことが出来るのか、

すぐに手招きされて呼ばれてしまうのかは分からないが、

とにかく今は肩を並べる。

 

これで少なくとも負けはなくなった。

アンタがそんなところに突っ立っているから並んでしまったんだ。

 

人生には色々な親父がいるかもしれない。

これを読んで下さっているアナタはすでに「おやじ越え」をしているだろうか・・・

たまには自分の胸に聞いてみるのもいい機会だと思う。

 

 

2月はまだ寒い。

けれど、これから春とかいうやつがやって来るらしい。

本当だろうか、芽吹きはまだ、ない。

 

 

ではでは。