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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

自立をしたいのなら、人や周りを頼りまくらないとね

■雑記・コラム
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こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

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「自立」・・・甘美なる響きです。

皆さんには自立したい、という気持ちはあるでしょうか?

 

僕は、小さいころから自立したいという気持ちは強かった方です。

なんせド田舎過ぎるところで育ったので、親の車がないと村から出ることも出来ませんでしたからね。

 

大人になるとは「自立」することで、

大人とはとても立派で完璧な存在である。

そんな風に子供のセカイからは見えがちですよね。

 

ところが・・・

 

 

自立とはひとりで何でも出来るようになることではない?

 

先日こんな記事を見かけましたので、

ぜひ、ご紹介したいと思います。

 

自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと

 

脳性まひの障害を持つ方が書かれた記事なのですが、

ちょっと不思議なタイトルですよね。

 

自立するのに依存するの?という感想を持たれた方も多いと思います。

 

詳しくはリンク先記事を読んで頂ければと思うのですが、

僕なりに感じたことを少し書いてみたいと思います。

 

「人は1人では生きていけない」

 

この言説はたまに耳にしますよね。

どんなに健常で優秀な人間であっても人は独りで生きていくことなど不可能である、というやつです。

人は、大なり小なり他人や他人の作ったシステムにお世話になっているものです。

 

「自立は依存先を増やすこと」

この言葉も、

「人は1人では生きていけない」

ということを大前提にして語らているものです。

 

依存先や頼るものがひとつしかない人は、

そのたった一つがなくなったらそれでおしまい。

=自立していない

 

依存先や頼るものをたくさんもっている人は、

ひとつぐらい駄目でも他にも頼れるから最終的には何とか出来る。

=自立出来ている

=あまりにも自然にたくさんのものに頼っているので、

 頼っていることに気が付きにくい。

 

ということらしいんですね。

 

 

 

これは僕も少し心当たりがあります。

僕がコミュ障や電話嫌いでも買い物が出来たり、

海外旅行なんかにも何とか行けてしまうのはシステムに頼っているからです。

決して自分自身が何か凄いわけでもないですからね。

だってコミュ障ですし。

 

www.coyapuyo.com

 

むしろ孤高に生きようとすればするほど助けが必要だと思います。

 

 

都会と田舎を依存先で語ってみる

 

僕は欠陥も多くコミュ障人間なので、

比較的孤高の人生を行きたいと思ってはいるんですね。

 

なんですが、

むしろ孤高に生きようとすればするほど助けが必要だと思うんです。

 

僕は、それを絡めて

田舎は独りでは生きにくい

都会は独りでも生きやすい

じゃないかなと最近思っています。 

 

冒頭にもあったように、

親の力がないと家から出かけることも難しい環境でした。

この親が頼れないだけで、依存先が絶たれてしまうんですよね。

田舎では。

 

東京では、人のしがらみがあって、

田舎に行けばしがらみから解放されてのんびり出来る

なんて思っている都会人の方がいるかもしれませんが、

それは全く逆だと思います。

 

田舎ではインフラやシステムが整っていないので、

本当にたくさんのことを自分たちでやらないといけません。

とても独りでは出来るようなボリュームではないので、

地域や集落で助け合っていかないと立ちいかないんですよ。

 

ちいさなコミュニティでそれを頼れなかったら本当に生きていけません。

 

孤高風に生きていきたいのなら東京の方がずっと向いていると僕は思います。

東京のような都会の街は自分では出来ないことが多かったとしても、

何でも外注出来る街だからです。

 

そして飲食店でも鉄道会社でも病院でもバス会社でも、

いくらでも業者があり選ぶことが出来ますもんね。

親に車で送ってもらわなくても出かけられる。

 

田舎では、 

・自分で作物が作れて、

・料理・選択・炊事が出来て、

・家を作れて補修出来て、

・草刈りが出来て、

・それらが本当の意味で独りで出来る人か、

・田舎でも溶け込んでコミュニティを作って広げられる人か、

・あるいは田舎でもそれらをお金で解決出来る人、

そんな人しか田舎で世捨て人にはなることはできません。

 

少し整理すると、

・人は独りでは生きていけない。

・田舎ではリアルな人に頼る必要がある。

 それはとても依存先が少ないことが多い。

 (少ない代わりに深いかもしれませんが)

・都会では、社会システムやインフラに頼ることが出来る。

 そしてそれは、多種多様な依存先がある。

 リアルな人にも頼れるリア充であれば、出会いの数、依存先は多い。

 

といった感じでしょうかね。

 

もちろん、向き不向きの話もあって、

どちらが良いというものではありませんが、

コミュ障が孤高に生きていくには東京とかの方が良い気がしますね。

 

逆に、コミュ力がある人は田舎で生きやすいと思います。

田舎とはそういう場所なんですよ、本当に。

 

 

最後に

 

仮に、自立とは頼りまくることだと心得るとしましょう。

頼ることが自立だとすれば、

これはもう周りのすべてに感謝するしかない気がしてきますね。

それがリアルな人であっても、

誰かの作った社会システムであっても、

空から照らすお天道様でも同じことだと思います。

 

色々と考えていたら

なんとも道徳的な「全てに感謝しましょう」論に行きついてしまいましたね。

もちろん、全てに感謝なんて誰しも聞いたことがあると思います。

でもこの論が本当の意味で腑に落ちるかどうかは、

自分は独りで生きていけると思っているのかいないのかに掛かっている気がします。

 

そして、独りで生きていけると思っているかどうかは、

「自立とは依存先を増やすこと」だという前提を持てているかどうかで変って来るような気がしました。

 

さあ、皆さんの思う「自立」はどうでしょうか?

 

ではでは。