欲望は大事、先にご褒美を上げるのも悪くない

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■雑記・コラム

こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

我慢
すり減らし
徐々に溜まり行くヘドロ。

自分の欲望に蓋をしていると、そんなことが起こってしまいます。
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たまには欲望を解放して、モチベーションにしても良いんじゃないかと、そんなお話です。

どんどん引き下がって行く下限ライン

あれも出来ない、これも出来ない。
もう疲れた。

そんなことを繰り返していると、いつしかこんなことを思うようになります。
「最低限、ただのんびりと生きていられれば良い。」
「私は、静かに暮らしたいだけなんだ。」
と。

でも、人生は下りのエスカレーターとして流れているので、
実際にはその「何でもない暮らし」を維持することこそがとても大変なものであると気がつかされます。
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暮らしの細かいレベルやラインが明確になっているのなら見失うことはないでしょうが、
一度安易に下げた目標やラインは安易にどんどん下がって行きがちですよね。

こうなりたい、ありたい、と思える環境に近づこう

先日、ちょっと良い感じの飲食店に連れて行ってもらいました。
そこでバンバンお金が飛び交っているのを見たとき。

お金の風呂
※画像はイメージです。

ああ、これは良いものだ、と正直に思いました。

別にお金が全てだと言いたいわけではないんです。
自分にとってバンバンお金が行き交うそんな環境に興味や憧れがないわけじゃないんだな、
ということ。
そして、それに触れたことで「こうなりたい」と思うような野心がまだあったということ。
その辺りがポイントです。
華やかな暮らしに限らずとも、憧れの田舎暮らしでも何でも良いです。
自分にとってワクワクした、ということが大事なんだと思います。

そういうものにはちょっと無理をしてでも触れておくが大事で、
目標とする世界の側にはなるべく近づいていた方が影響を受けやすいんですね。

きっと、動機は不純でも良い、ということなんでしょう。
気持ちが腐ってしまうよりは、ずっと。
ああ、こんな暮らしがしてみたい、もう少しだけ頑張ってみるか、と思えること。

人間は強欲な生き物ですから、
先に少し背伸びをしてその世界を見てしまったら、
失う恐怖や依存から、その暮らしを維持出来るように努力をすることでしょう。
同じ我慢でも、ただただ嫌なことを我慢しているよりは、よほど健全と言えるかもしれません。
まずは、やってみて、どうするからは後から考えても遅くないのかも、ですね。

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あなたは、ぶら下げたニンジンに向かって走っていますか?
ではでは。

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