体育や部活が出来ないやつは自己肯定感が低い説

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■退職

こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

仕事の案件が本格的に炎上し始めました。
(過去の経験上で言っても中々の炎上ぶり)

外注先の人たちからも、応援で入ってもらう人たちからも、
四方八方から刺されるのはツラいものがありますね。
いやはや楽しい、楽しいぞ、ふははは!

組織的な開発が出来ていなかった

ありがちな話ですが、見積もりが甘かった。
見積もりが甘いので、全然終わらないままアラートを挙げられていなかった。
見積もりが甘いので、小さな体制で作業を進め続けていた。

今では、応援のために人が増えたりしつつあるけれど、
1人のトップに全員を直接ぶら下げてもそれは回るわけがない状態な訳です・・・。
でも、知っている人が1人、ないしは少数しかいないのでそうせざるを得ない。
(単純に人を増員しても何ともならないのも、これまたありがちな話ですね)

本当は、体制もちゃんと階層化してピラミッドを作る必要があるんだと思うんですよね。

組織には体育(会系?)が必要になってくる?

こうやって組織度が高める必要が出てくると、
体育や部活動的能力が必要になってきます。

指示系統、権限を誰が何をするのかハッキリとし、
然るべき取りまとめと、環境整備を行う。
状況や残タスクが見えない宙に浮いたタスク、なんかは大問題。
適切に報告を上げて、適切に報告をもらう。

人数が多くなれば、順序や段取りもより重要になってきますね。
誰々の何々の作業のためには先に〜が出来ている必要があって、
それが遅れると後ろが詰まるから〜的なやつですね。

・・・これが出来れば素晴らしい。
素晴らしいし、出来て当たり前としたいのは理解します。

組織的に動けるかと言われれば・・・

・・・でもね、やっぱり難しいですよ。
どんだけ連携して統制が取れてないといけないんだ・・・
これが出来るのを当たり前と思わないでほしい。

日本の学校教育や体育の授業は、軍隊教育の流れを組んでいると言われます。
僕は体育で組織的に動くことは大嫌いでした。
球技大会でも、野球やドッチボールは1人のミスややる気のなさが即失点に繋がります。

何が言いたいかというと・・・、
僕は体育や連携プレーが嫌いでしたがそれが今でも尾を引いていて、
やっぱり仕事上でも困ってしまう、
というこです。

もっと言えば、
人が集まって何かを成し遂げるって大変だなぁ、と。
ステークホルダー毎の立場と思惑が交錯しますしね。
1人で出来る仕事がしたい、という想いを改めて確認している今日この頃です。

まあ、1人で出来ると言っても、
最終的にお金を頂くには結局は人様の役に立たないといけないのですけどね。

「こらこら、こやぷよ! そういうとこだぞ!」
そういうところだぞ

ではでは。

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