2018年、年の瀬に思うモヤモヤと未来のなにがし

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■雑記・コラム

こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

2018年、それは未来。

1990年代の頃の僕であれば間違いなくそう思っていました。

だって、SFモノの映画や漫画の冒頭でも「20XX年」とかって始まり方をしてましたもの。

(2018年に生まれた子なんて僕からすれば立派な未来人に思えますね)

しかし、そんな2018年も過ぎ去ってしまえばタダの過去。

一部のITやAIなどには進歩を感じつつも、有名な一節にあるように、ずっと未来は現実的で車が空を走る予定もなさそうです。

そして僕の暮らしは今日も、うだつの上がらないままという訳です。

今年はずっとモヤモヤが続く我慢の的1年

仕事では残業が激増し、体調も崩しがちに。

このブログの活動についても右肩下がり。

世界経済の鈍化もあり、金銭面でも苦しい展開が続きました。

どれひとつとして思った方向に伸びていかないので、非常にモヤモヤとした1年でした。

忍耐と我慢の1年だったとも言える気がします。

そう言う言い方をすれば聞こえは良いのですが、実際はもっと酷いかもしれません。

いつか報われるための我慢、必要な我慢なら良いのです。

しかし、そうでないのなら、そんな無駄な我慢は一刻も早く辞めるべきですよね!

・・・なのです。

・・なのですが!

人生なかなかどうして損切りというやつは難しいですね。

現状維持の慣性というか、未知の恐怖や新たな手間との精神的格闘はよほどストイックにできる人でないと並大抵ではありません。

というかその前に、本当は適切な総括や現状分析、それに伴う軌道修正、等々、やって然るべきマネジメントが必要なのですが、最近の僕にはそんな精神力、体力がないという。

ぶちあけた話、消耗した1年になってしまいました。

しかもこの消耗、僕は知っているハズなのに・・・。

それでも未来は見てみたい

時計の針は永遠に進み続けます。

実際には止まっていることもあるのかもしれませんが、僕らはそれが止まっていることは知覚できず、きっと連続的にしか感じられないでしょう。

僕はあまり長生きをしたい気持ちはありません。

しかし一方で、僕は全くの他人事的な視点として、人類が世界がどんな方向に向かっていくのかには興味があります。

技術がどこまで進んで、どんな方向に文明が進化をするのか、あるいは行き過ぎた文明を手放す選択をするのか、はたまた人類は何も変わらないのか・・・

本当は、なんとかの概念とか歴史の道標であるとか、そういった存在になって眺めているのが面白そうなのですが、今のところはどうしても肉体が必要です。

そのためには生き残ることもやむなし、と言ったところでしょうか。

世界の行く末を見てみるためにも、2019年も死なない程度に生きられたらなと、そう思いながら。

下りのエスカレーターで位置が下がらないよう奮闘してみるかと、そう思う次第でございます。

年が明けていない人には、良いお年を。

年が明けている人には、ことよろを。

ではでは。

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