流されるのはアリだけど、どこに流されるかは自ら選ぶべし

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■雑記・コラム

こんにちは、こやぷよ(@coyapuyo)です。

通勤中にふと感じました。

大都会の人の流れはすごいものがあります。

たくさんの人が集まると個人とは比べ物にならないパワーを発揮することおがあります。

群衆の力とはそれほどまでに恐ろしく、強力なものなのですね。

離岸流に学ぶ、「流れ」のパワー

突然ですが、離岸流って知っていますか?

大昔に、いっときメディアでもよく扱われていた、

遠浅の海岸でよく起きる、沖へ向かう強力な潮の流れ」

のことです。

これによって沖に流されて溺れてしまう人が続出してしまう、というような問題がよく報道されていた時期がありました。

この離岸流、対処方法が興味深いんです。

流されないように必死に陸に向かって全力で泳ぐ、これは一見なんとかなりそうにも思います。

しかし、流れに逆らうのは得策ではない、というのが当時の定説でした。

人の泳力よりも遥かに波の力は強くとても逆らえないので、体力を奪われるだけだ、と。

ではどうしたらよいかとう言うと、「流れに逆らうな」というのです。

流れに対して横に移動して抜け出せというのですね。(離岸流の横幅はそれほど広くない)

当時、この対処法に非常に感銘を受けたのを覚えています。

たった1人の力(ここでは筋力・体力?)で、流れ(大自然・大きな力)に逆らうことは出来ない。

という、教訓めいた話かなと、このときは理解しました。

流れに逆らう人生か、流される人生か、それとも・・・

それぐらい、流れに逆らうというのは大変なことです。

一般的に、たった一人の人間が他の人の5倍、10倍もの力を発揮することはまれです。

いくら個体差があると言っても、最大でも10倍程度。

つまり10人もの人間の集合体と比較したら、さすがにどんな天才でも勝ち目はないとうことですね。

これは人混みでも同じことです。

逆らい続けるのはとんでもない体力を使いますし、効率も悪すぎて得策ではありません。

「かと言って、流されているばかりで良いのか?」

という疑問が浮かんでくるかもしれません。

確かに、流れに逆らうのは愚かですが、濁流にのまれて流されているだけなのもいただけません。

では、一体どうしたら良いと言うのでしょうか。

好きな流れを渡りながら乗りこなせ

これだと思います。

流れに逆らうことは出来ませんが、どの流れに乗るかは、ある程度選ぶことが出来ます。

離岸流の話もそうで、「流されろ」と言っている訳ではなく、横に抜けなさい、というふうに言っています。

どんな方向に行きたいのか、目的地に向かいそうな筋はどれなのか、潮目を読むというやつでしょうか。

波から波を渡り歩いていけばよいのだと思います。

方向が違いそうだと思ったら横に抜けて違う波に乗れば良いんです、きっと。

流れに逆らうのではなく、流されるでもなく、「乗りこなす」ということなんでしょうね。

ただ、波に揉まれながら乗りこなすというのも、簡単なことではありません。

朝の通勤時に人混みの流れの中を渡っていくとき、これらの話が頭をよぎりました。

人の流れがあると、隙間を横切るというのも大変です。

次にこの通路を右に行きたいのなら、はじめから右側に寄っておく必要があります。

そうしないと、然るべきタイミングで右に抜けて右の流れに乗り換えることが出来ないからです。

この先を見越して寄せておく、というのが朝の通勤においては非常に大事だと思います。

難しいけれど、タイミングを図って、強い意志を持って、行きたい方向を意識していれば、それはきっと出来る。

逆にそれをしないと永遠に流されてしまって、まともに歩けないし目的地に行けないんだな、と強く感じました。

流れにもがき苦しむのではなく、波を選ぶところ、それこそが力をかけるポイントなのかもしれません。

人混み然り、人生の波然り、たまにはスタンスを見つめ直してみるのも良いのではないでしょうか。

さあ、あなたの乗っているその波は、どこに向かっていますか?

ではでは。

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