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Coyapuyo Re:Works

30代に突入したITエンジニアが新卒で9年務めたSIer系から転職してみた結果、定時で帰れるようになりました。

「君の名は。」、「シン・ゴジラ」設定やシナリオの矛盾への強度

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今年の夏は映画が面白くて大変満足している、こやぷよ(@coyapuyo)です。

君の名はゴジラ

 

「シン・ゴジラ」

感想「シン・ゴジラ」はとことんリアル路線だった、現実対虚構 - Coyapuyo Re:Works

「君の名は。」

「君の名は。」新海監督過去作品を足して割った感じ? - Coyapuyo Re:Works

の2本を公開してくれた東宝さんグッジョブですね。

 

そんな2作品、

感想やレビューも出そろって来ておりそれらを眺めるのも面白いのですが、両作品とも設定やシナリオの荒(アラ)について書いている人が多少なりともいるようですね。

 

僕も「シン・ゴジラ」については少し気になったので書いています。

ですが、「君の名は。」については正直ほとんど気になりませんでした。

 

この違いは一体何なのでしょうか、個人的に興味深かったので少しだけ考えてみます。

 

 

映画などの作品で設定に穴や矛盾があるということ

 

まず大前提として、穴はあって当たり前と僕は思います。

何せ創作物な訳ですし、所詮は人のつくりしもの。

 

ただ、世の中には荒さがしが大好きな人が一定数存在するのも事実です。

矛盾があると、それが気になってしまって、一気に没入感がなくなってしまうタイプの人ですね。

 

僕も極端ではありませんが、どちらかと言えば荒は気にしてしまう方ではあります。

しかし、何もかも現実的でリアルでないと駄目だとは思っていません。

 

設定に穴がないというのは、現実をリアルに再現と直接イコール=ではない

  

現実では起こらないかもしれないけれどが、

その作品世界の理屈では起こるように説明されていれば、

それは説得力のあるリアルな設定になるんです。

 

人が空を飛ぶなんていうことはあり得ませんが、

「気を操ることでそれを可能にする技術がある」

という説明をちゃんとしていればそれはリアルに成立するわけです。

 

その作品内の設定で、いかに説得力があるように設計されているかが重要なんだと思うんですよね。

 

これを踏まえて・・・

 

「シン・ゴジラ」と「君の名は。」のアラ

 

ネタバレありで、いくつか荒さがしをしてみましょう。

未視聴の方はご注意下さい。

 

 

 

 

 

 

 

シン・ゴジラ

自分や友人回りで言われていたのは次のような感じ。

 

・通常兵器(バンカーバスターと物量作戦)で倒せたのでは?

・利権や保障の問題で超高層ビルや新幹線を作戦に使うのは難しいのでは?

・出現位置も分からないのに部隊展開が早すぎ?

・凝固剤を経口投与?あっさり固まりすぎ?

・半減期が都合よく短すぎるのでは?

 

もちろん、説明があったのに見落としているかもしれないし、

専門家からすれば説明がつくものもあるかもしれませんけども。

 

 

 

 君の名は。

・日付や住所の確認は最初にするのでは?

 夢じゃないことは確信している訳だし、

 普通に生活していればケータイやカレンダーで日付は見ているのでは? 

・最後の入れ替わりは、「私、あの時死んだんだ」を認識している三葉なので、隕石前の時間と入れ替わるのはおかしいのでは?

・滝が腕にしていた組紐を入れ替り中に、三葉も見ている可能性があるが何も思わなかったのだろうか?

・三葉は、2013年の東京が自分の知っている2015年の東京と街並みが違うことに違和感は無かったのか?

 

とまあこんな感じでしょうか。

こちらも説明を見落としているかもしれません。

 

同じぐらいの量の矛盾があるのに、気になる、ならないの違いはなんんだろう

僕個人が、同じぐらいの量のアラを見つけていながら、

「君の名は。」の方は気にならなかったのは何故なのでしょうか?

 

実際、君の名はの方は視聴中には気にならずに、後から考えてちょっと思った、という程度でしたから。

 

自分なりに少し考えてみた結果、

大きくは次の2点によるものではないかと考えます。

 

1.映画のジャンルが違うから?

 

シン・ゴジラはジャンルとしては、もはやドキュメンタリー映画と行っても良いぐらいですよね。

また、今の日本に巨大不明生物が現れたらどうなるかという問を投げかけ、その状況にどう対応していくのかかが最大の焦点となっています。

その性質上、現実に沿ってリアルに描いているし、視聴者にも考えさせる内容です。

視聴者は頭を使って考えながら見ているハズです。

 

「リアル度が高いもの」「考えながら」見ているので、

逆にちょっとしたリアルじゃないものがもの凄く気になってしまうんじゃないかと。

 

その状況にどう対応していくのか、

がまさに描きたいものだから。

 

対して、君の名は。では。

 

入れ替わりはあくまで装置であって、

入れ替わりを通した人の心の動きを描きたいのであって、

極端な話、入れ替わりの理由や秘密なんて明らかにする必要もないし、されないと僕は思っていました。

だから細かいところは見ていなかった。 

(結果的に、装置ではなく本筋として描かれていましたが) 

 

そういうお客さんのスタンスの違いがあるような気がします。

 

2.伏線や説明の存在

シン・ゴジラは、非常に緻密に描かれており、

自衛隊の出動ひとつとっても法的根拠が議論されています。

そんな議論や根拠を細かく描写していてたりする部分が多いなか、

そこまで考えて行動する人たちが何故これを気にしないんだろう?

という疑問が生まれてしまいます。

 

対して、君の名は。では、

随所に伏線となる描写が入れてあります。

妥当性や正当性は別としても、説明しようという意志は感じられます。

 

例えば、冒頭から、

隕石落下の描写があったり、

組紐を渡すカットなど、

実は重要なシーンが伏線として描かれていますね。

 

他にも、

隕石は1200年前にここに一度落ちている、とか

組紐は時間とか空間のねじれ、混ざり合いを表している、とか

こういうセリフを入れてあるだけでも劇中での説得力が増します。

 

そして君のは。で一番効いているのは、

「夢は冷めたら忘れるおぼろげではかないもの」という、

軸となるテーマのひとつでもある設定だと思います。

 

この存在によって、

多少辻褄が合わないことであっても、

あれは夢だった、詳細は忘れてしまった。

夢だと思っていたから気にしていなかった。

 

という風にすべてを丸く収めることが出来ます。

 

昔から夢オチは最強の禁じ手ですし、

シュタインズ・ゲートの「世界線」と同じぐらい万能だと思いますね。

 

 

最後に

さあ、皆さんは2つの映画をどのように見ていたでしょうか。

色々と思うところはあると思いますが、

そういう議論が起こっていること自体に僕は意義があると思います。

それだけ話題になって多くの人が観ている証左でもありますし、

特にゴジラなんかは議論して考えてもらう事自体を目的とした啓発映画の側面もありますからね。

 

究極的には、作品の解釈は観た人のものです。

自分なりの解釈で楽しんでいけば良いのではないでしょうかね。

 

ではでは。